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ファイル1 第5話:『聖痕』と『犬飼』 ――高額グラボと暴かれる黒幕

last update Last Updated: 2025-12-18 20:00:12

 俺は、詰所に向かう傍ら、薫に起きた出来事をかいつまんで、説明していた。

 月明かりに照らされる薫の顔はまだ青ざめていたが、惨状を見たショックに、気丈にも泣き言を吐かずに耐えていた。

「じゃあ、動画配信者の方は殺されて、その犯人も犬の怨霊みたいなのに殺されてしまったんですね」

「ああ。実体があるんだか、ないんだかよくわからんやつが、どうして喉をえぐり取れるのか、納得がいかないが……」

「でも先生、『聖痕スティグマータ』はご存じですか? 強い信仰という“精神”が、この世の物理法則を無視して、何もないはずの“肉体”に『傷』をつけるんです。怨霊の『怨み』というエネルギーが、あの犬の形をとって、物理的な『欠損』を生じさせた。そう考えれば、つじつまが合いませんか?」

 聖痕――それについては、俺も聞いたことがある。キリスト教の熱心な信者が、十字架にかけられたキリストの苦難を追体験しようと深く瞑想に入ると、キリストと同じ場所から、突然“物理的な傷”が現れ、出血する現象だ。

「……あんなのは、オカルト好きの妄想かと思ってた」

「酷いですよ、先生。もっと身近な例だと、胃潰瘍とか癌だって、精神的ストレスが肉体に悪影響を与える例は、たくさんあるんですから。何より、お父さんを助けてくれた時だって……、あれこそ、その最たる事例じゃないですか」

「……いや、そうなんだろうが、実際あの場にいて、あの理不尽なまでの暴力を見せつけられれば、納得いかない気持ちも、少しは分かってもらえると思うんだが……。それはともかく、着いたぞ。薫はちょっと隠れてろ」

「少しだけ待ってください」

 詰め所のドアの前で、薫が一度、深呼吸をした。まだ顔色は悪いままだ。

「……先生、私は大丈夫です。やれます」

「無理はするな」

 薫は頷くと建物の陰に隠れた。それを見計らって、俺はドアを開けた。

 中は、事務机にテーブルと椅子が置かれている。金属のラックには、多少のファイルと、食品類などの段ボールがあるくらいだ。奥に部屋があったので、行ってみると、仮眠室のようだった。

 誰も居なかったので、薫を呼んだ。

「さて……どこから手をつけたら……」

「そう言うことなら任せてください。先生は少し座って休んでていいですよ」

「なら、頼む」

 俺は疲れていたこともあり、十分くらいはウトウトしていたが、一瞬、あの犬が喉を虚空へ消し去る光景がフラッシュバックし、浅い眠りから叩き起こされた。

 俺はぼんやりする頭を、フラッシュバックの光景を消し去ろうと、強く振った。

「先生、彼らの企業名と、あの古民家の持ち主の名前がわかりました」

 俺は頷き、続けてくれるよう促した。

「まず、企業名が黒川総業というところですね。所在が隣の県です。それ以外の情報は、ここにある資料からは……」

「そうか。まっ、そこから先は得意なヤツに頼むよ」

「あと、空の段ボールの中にこんなものが……」

 薫は踏まれた跡が残るスマホを見せてくれた。

「これは……例の配信者のものか?」

「そうじゃないかと思います。電池が切れているので、確認は難しいですけど……それで古民家の持ち主ですが、犬飼さんという方のようで……メモ書きのようなものを見ると、山の持ち主だったようです」

「犬……飼い……?」

 俺は再び、脳裏に犬の姿をした“虚無”を思い浮かべた。

「先生?」

 薫が心配そうに顔を覗き込んでくる。

「大丈夫だ、薫。……黒川総業の連中、持ち主の許可なくゴミを捨てて、騒がれたくなくて殺したってことか……」

「そんな!……」

「薫、かわいそうだが、今の俺達にしてやれることはない。だが、黒川総業にお仕置きをすることはできるかもしれない。……ちょっと知り合いに電話する」

 俺はスマホを取り出し、大学時代からの付き合いの「宇佐美仁うさみ じん」に電話をかけた。

「蓮、何だ? こんな時間に」

「仁、悪いが一つ、調べ物を引き受けてくれないか?」

「断る」

「いきなりだな。話ぐらい聞いてくれてもいいだろう?」

「あのなあ、蓮さんよぉ。お前、ツケが溜まってるってことを忘れてないか?」

「……そうだったっけか?……うーん、仕方がない。LTX 5070のグラボで手を打ってくれないか? グラフィックボード、欲しがってたよな?」

「もう一声だな。LTX5080シリーズなら、即手を打とうじゃないの」

 俺の服の袖を、薫がくいくいと引っ張る。

「何の話をしてるんですか?」

「仁、ちょっと待っててくれ」

「薫、今話しているやつは『宇佐美仁』と言って、黒川総業のことを調べてもらおうとしてるんだ」

「いやそうじゃなくて、グラボがどうとかって……」

「ああ、やつはデジタルガジェットに目がなくてな。代金代わりにその手のものでも構わないんだが、ちょっとばかし、今回高いものを要求されているんだ」

 薫は納得したのかスマホに視線を移し、グラボについて調べたのか、おそらくはその価格に驚愕した表情を浮かべていた。

「仁、すまなかった。……LTX5080だな。分かった、それで手を打つ」

「よっしゃ! スペックはあとでチャットで詰めるとして、何を調べりゃいいんだ?」

「黒川総業って企業について調べてくれ。それとヤバそうな連中なら、情報の拡散の手配も頼む」

「ハハハ、分かった。二十分くらい待っててくれ」

 そう言われたので、二十分ほど待つと長文のメールが返ってきた。

 要約すると、黒川総業というのは、某国のマフィアに乗っ取られた、とあるヤクザのシノギの一つらしい。少し前、隣の県でメガソーラーを山中に設置しようとしたところ、住民の反対運動が起きた。このまま設置したら次の選挙が危ないということで、購入してしまった太陽光パネルの廃棄を黒川総業に依頼したことが、すべての発端であるようだ。

「よし、背景は分かった。後はあの犬だな」

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